写真研究会 2022年 第10回研究発表会開催のお知らせ【3月21日】

2023/03/17 写真研究会

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日本映像学会  写真研究会
2022年度第10回研究発表会開催のお知らせ
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日本映像学会会員各位
写真研究会の研究発表会を、対面、オンライン併用にて開催致します。皆様のご参加をお待ちしております。
日本映像学会写真研究会
代表  佐藤守弘

開催概要
日時
2023年3月21日(火・祝) 14:00開始 17:30終了予定(日本時間)
場所
同志社大学今出川キャンパス良心館 RY320(定員30名)およびリモート開催
参加方法
*事前申し込み制
上記会場にての対面とリモート配信でのハイブリッド方式で開催いたします。会場参加、リモート参加とも、こちらのフォームからお申し込み下さい。いただいたメールアドレスに参加方法をお知らせします。
https://forms.gle/LD2g4wBiWdUThndq5
なお、先着順で会場定員が埋まってしまった場合は、リモートでの参加をお願いすることもありますので、その場合はご了承ください。

発表者・発表内容
発表1
「写真家及び写真集編集者としてのジョン・シャーカフスキー——写真集The Idea of Louis Sullivan(1956)の分析を通して」
山際美優(同志社大学大学院文学研究科美学芸術学専攻博士前期課程)

発表2
「写真における「日常」とコンセプチュアル・アート以後の芸術——ジェフ・ウォールの写真観」
折居耕拓(大阪大学大学院文学研究科文化表現論専攻博士後期課程)

発表3
「儀礼の国の肖像:国家戦略としてのタイ写真史からアピチャッポンまで」
中村紀彦(映像/アピチャッポン・ウィーラセタクン研究)

研究発表の要旨
発表1
「写真家及び写真集編集者としてのジョン・シャーカフスキー——写真集The Idea of Louis Sullivan(1956)の分析を通して」
山際美優(同志社大学大学院文学研究科美学芸術学専攻博士前期課程)
 ニューヨーク近代美術館の写真部門のディレクターとしての活動で知られるジョン・シャーカフスキー(John Szarkowski, 1925-2007)は、2005年の展覧会によって、彼の写真作品が注目されている。写真家でもあったシャーカフスキーは、キュレーター職に就く以前に二冊の写真集を、退職してから更に一冊の写真集を制作、出版している。本発表で対象とする写真集The Idea of Louis Sullivanは、「形は機能に従う」の言葉で知られるルイス・サリヴァン(Louis Sullivan, 1856-1924)の建築を対象に、シャーカフスキーが撮影・編集・文章の選択を行った、第一作目の写真集である。冒頭であげた、2005年にサンフランシスコ近代美術館で開催された展覧会”John Szarkowski : Photographs”では、未発表の資料の公開、時系列的な整理が行われたが、写真及び写真集そのものの精緻な分析には至っていない。
 そこで、本発表ではシャーカフスキーと同時期にサリヴァンの建築を撮影したアーロン・シスキンド(Aaron Siskind, 1903-1991)らによる写真を比較対象として取り上げる。これらの比較により、シャーカフスキーの写真は、建築の構造を精緻に写し取ったり、一つの画面としての構図の美しさを追求するものではなく、夾雑物の写り込みも厭わず対象を撮影し、経年劣化の様子をも積極的に写し取っていることを指摘する。その上で、シャーカフスキーによる写真集制作の理念を整理する。これにより、シャーカフスキーが目指したのは、サリヴァンの建築を「美的・社会的文脈」に戻すことを目的に、「形」のみでなく「生活」を写した写真制作を行っていたことを確認する。そして、写真と文章の組み合わせによって、写真では建物が生み出した「結果」を、文章では建物が生み出された「原因」を示しており、サリヴァンの同時代性とシャーカフスキーの現代性を実現しようとしたことを指摘する。これらの指摘は、文脈を廃し、形だけで判断を行い、写真というメディウムの純粋視覚性を目指したとされる、従来のシャーカフスキーのモダニスト及びフォルマリストとしての一面的な評価を相対化するための一助となるだろう。

発表2
「写真における「日常」とコンセプチュアル・アート以後の芸術——ジェフ・ウォールの写真観」
折居耕拓(大阪大学大学院文学研究科文化表現論専攻博士後期課程)
 本発表では、バンクーバー出身の写真家にして美術家であるジェフ・ウォール(Jeff Wall, 1946-)の作品と著述を対象として、彼の作品と著述の両方のうちに指摘される「日常」(the everyday)の観念に注目することから、彼の写真観を浮き彫りにすることを試みる。
 ウォールは、大型のライトボックスにカラーの透明フィルムを貼りつけた写真作品で知られる。一見ありふれた日常の場面を写す彼の写真は、撮影前の演出と撮影後の合成をとおして入念に構築されたものであり、同じイメージのうちにありのままの様子ととわざとらしい様子が混在する。
 アメリカの美術史家であるマイケル・フリードは、『なぜ写真はいま、かつてないほど芸術として重要なのか』(2008)において、こうしたウォールの写真作品におけるいわば演出されたリアリズムを、彼のインタビューに見られる「日常」や「ありふれたもの」(the commonplace)という観念に関連づけることから論じている。フリードにとってウォールの写真における「日常」とは、「撮影されることなく過ぎ去った」出来事の外観を復元したものである。言い換えれば、たんなる自然の断片であった光景は、制作者によって適切な視点をあたえらえることで初めて芸術作品になる。
 このように芸術作品がそれ自体のうちに自律性を有することを求めるフリードの解釈は、1960年代に展開された彼のモダニズム的美術史観に立脚するものであり、それゆえウォールの仕事におけるある側面を意識的に考慮していないと思われる。それはコンセプチュアル・アートにおける写真の役割をめぐる彼の議論である。本発表では、フリードが指摘する「日常」や「ありふれたもの」の観念から出発して、これらの視点からウォールが論じる1960年代後半以後の「フォトコンセプチュアリズム」をとらえ返してみたい。
 議論の流れとしては、まず、上述のフリードのウォール論における「日常」の観念について整理したのち、ついでウォールの論考「「取るに足らないものの印」——コンセプチュアル・アートにおける/としての写真の諸相」(1995)および「河原温のトゥデイ・ペインティングにおけるモノクロームとフォトジャーナリズム」(1996)に目を移していきたい。これらの論考におけるウォールの記述をふまえて、コンセプチュアル・アートにおけるありふれた自然らしい画像の使用は、一方でその芸術としての地位を否定するものでありながら、他方で描写という写真の本質的な特性を明らかにしたということについて論じる。以上の議論をとおして、本発表では、「日常」の観念が、「自律的な芸術」としての写真と、むしろ自律性や固有性に反する「理論的な対象」(ロザリンド・クラウス)としての写真という、ウォールの作品と著述から引き出されてきた相異なる写真観をともに構成する論点であるということを指摘する。

発表3
「儀礼の国の肖像:国家戦略としてのタイ写真史からアピチャッポンまで」
中村紀彦(映像/アピチャッポン・ウィーラセタクン研究)
 本発表は、タイの国王や王族による肖像写真を用いた国家戦略の歴史的位置づけを検討し、タイ出身の映像作家アピチャッポン・ウィーラセタクンをはじめとする同世代作家の諸実践にたいする影響関係を分析するものである。
 タイでは、国王や王族の巨大な肖像写真が都市を埋め尽くし、農村部ではそれらの写真が信仰の対象となってきた。国王や王族の肖像写真は権力の表象であると同時に、国家と国王の身体を同一化させるイデオロギーを維持・保管する装置として機能した。
 国王と写真技術は、その当初から密接な関係を築いてきた。1845年には現在のバンコクに写真機が渡来し、1855年にラーマ4世(モンクット王)がはじめて国王として自身の肖像写真を撮影した。モンクット王は自身の肖像が映ったダゲレオタイプをヨーロッパ圏の権力者や指導者に贈るなど、国王の肖像は政治的なツールとして用いられたのである。こうした写真技術と国王の接近は、発表者が論じてきた映画(投影)のテクノロジーと国王の関係性と近しい戦略であると考えている。
 ところで、地理学者のトンチャイ・ウィニッチャックンが指摘したように、国家による地図作成という行為が新しいシャムを創造した。つまり、国家の仮想的な領土を地図上に先立って投影した結果、近代的なタイの国民国家の空間概念と国家の意識形成が編み出されていった。この一連をトンチャイは「地理的身体(geo-body)」の形成という。発表者はさらに、この地理的身体が構築/維持される過程で、国王の肖像の拡散と浸透による国家戦略が写真技術と手を結んだことが重要であると推測している。
 以上のような国王の肖像による国家戦略の影響は、映画の「投影」という営為と相互に高め合った。1932年には、家庭内や会社や店舗、そして映画館での映画上映前に肖像写真を掲げることを保証する法律が制定された。以後、ラーマ8世(プミポン国王)や政府によってイメージ戦略は大規模に展開され、今日の国王の象徴的な力が確立された。このことは、イメージと種々の儀礼のもとに国民を統御する「儀礼的空間」をタイ全土に形成するに至ったのである。
 この「儀礼的空間」を批判的に検討することは、アピチャッポンの諸作品のひとつの主題であるはずだ。とはいえ、国王イメージの国家戦略と表現の検閲は、かれの制作の障壁であると同時に想像力の源泉のひとつであることも否定できない。本発表は、このジレンマの渦中にある作家たちの写真/映像表現をいくつか取り上げたい。以上のことから発表者は、国王の肖像を用いた国家戦略によって構築されたタイ写真史の一側面をまずは素描し、近代タイ国家の意識形成に国王の肖像が与してきたことを明らかにする。そして、アピチャッポンや同世代作家にも目配せをしながら、王政のイメージ戦略や「儀礼的空間」の創出を批判的に作品表現へと昇華させるあり方を分析する。