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関西支部第99回研究会【3月9日】

2024/02/16 関西支部

日本映像学会関西支部第99回研究会(3月9日)のお知らせ

下記の通り日本映像学会関西支部第99回研究会を開催いたします。関西支部会員に限らず多くの方の参加をお待ちしています。

日時:2024年3月9日(土)午後2時00分より4時30分頃まで。
会場:大阪大学豊中キャンパス

研究発表1:アメリカ映画の中の聖職者像 −映画『ポセイドン・アドベンチャー』(1972)を中心に−
発表者:朴志元 関西学院大学大学院博士前期課程
要旨:
 キリスト教が国家の根底の価値観を形成するアメリカでは、その映画においてもキリスト教が色濃く反映されてきた。実際にキリスト教を象徴する存在であるイエス・キリストは映画黎明期から何度もスクリーンに登場しており、また時代と共にその姿を変えながら表象され続けている。
 他方、イエス・キリストと同じようにキリスト教を象徴する存在として映画に登場してきたのが神父や牧師といった聖職者である。彼らは映画における自主検閲規定であるプロダクション・コードにおいて、「聖職者を映画の役柄として登場させる場合、彼らを滑稽な人物、あるいは悪役として登場させてはならない」と規定されているように、キリスト教を象徴する存在として、映画において非常に慎重に扱われてきたのである。しかしプロダクション・コードが緩和され、1960年代から1970年代にかけてアメリカン・ニューシネマ(アメリカではNew HollywoodもしくはHollywood Renaissance)が興隆すると、聖職者の描かれ方も変貌を遂げるようになる。
 1972年に公開されたロナルド・ニーム監督の『ポセイドン・アドベンチャー』は多くのオスカー俳優たちを擁して高い興行収入を記録し、一般的にパニック映画の傑作として認知されているが、注目すべきはその興行的側面や撮影方法だけではない。津波によって天地がひっくり返った船内で乗客たちを導くのは船員でも偶然乗り合わせた警察官でもなく、ジーン・ハックマン演じるスコット牧師なのである。彼は冒頭「神が求めるのは臆病者ではなく勇者だ」と説き、先輩牧師から「君は強者の味方だ」と揶揄されているように、弱き者に寄り添うような一般的なキリスト教観、聖職者観からは一線を画していると言えよう。しかし、このような聖職者像は、フロンティア・スピリットが浸透したアメリカにおいては受け入れられやすい聖職者像ではなかっただろうか。
 本発表ではアメリカ映画に描かれるキリスト教の聖職者を取り上げ、それらの聖職者像が今日私たちが抱く聖職者像とは乖離しているように思われるものの、アメリカにおいて彼らの姿は「自らの道は自ら切り開く」という姿勢を体現する理想的な姿であることを確認する。

研究発表2:ピピロッティ・リストの作品における触覚性
発表者:柴尾万葉 大阪大学人文学研究科博士後期課程
要旨:
 ヴィデオ・アーティストのピピロッティ・リスト(Pipilotti Rist, 1962-)は、1980年代から、ヴィデオを用いて女性の身体やジェンダー,自然をテーマとした作品を制作・発表している。鮮やかな色彩やポップな音楽を使用し、鑑賞者を没入させるような作品スタイルで知られている。1980年代から1990年代にかけては、シングル・チャンネルで、走査線やエラーなど、ビデオの特性を使用した作品を手がけていたが、90年代半ばからは、複数の画面を使用するマルチ・チャンネルを採用して作品を制作している。2000年代以降は、通常のスクリーンに限らず、家具、オブジェなどさまざまな形の事物に映像を投影することを試み始める。リストの作品の特徴として、対象物に極度に近づいて舐め回すようなカメラワーク、また、鑑賞者も作品の一部に含んでしまうような展示手法が挙げられる。先行研究では、このようなリストの映像表現を、エクリチュール・フェミニンの思想と関連づけて論じるものが多い。そこで、本発表では、リストの映像表現にみられる触覚性について、リュス・イリガライの思想を手がかりに考察する。

研究会会場:大阪大学豊中キャンパス芸術研究棟 芸3講義室
交通アクセス・構内マップ https://www.let.osaka-u.ac.jp/ja/access

日本映像学会関西支部事務局
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