寄贈本のご紹介

会員からの寄贈本のご紹介


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東アジアのメディア・ジェンダー・カルチャー 交差する大衆文化のダイナミズム

著者 佐野正人(編著),妙木忍(編著),高世陽, 咸忠範, 鄺知硯会員, 石俊彦, 楊世航, 王雅涵, 妙木忍, 真鍋祐子, 橋本恭子, 大森駿之介, 柴媛敏, 加茂野優, 押野武志, 森岡卓司, 肖燕知, 曹瀟月, 陳家強, 王月麗, 齋藤志帆
発行所 明石書店
発行日 2024年3月30日
紹介文  『東アジアのメディア・ジェンダー・カルチャー 交差する大衆文化のダイナミズム』は東アジアの大衆文化をメディア、ジェンダー、カルチャーの視点から多角的に分析した一冊である。全21章にわたり、20名の執筆者が寄稿し、東アジアの大衆文化の多面的な意義と変動の様相を探求するために、詳細な事例研究と理論的分析を行っている。
 第1部では、2010年代のK-CultureとJ-Cultureの交錯、日中テレビ番組のリメイク、日本・韓国・香港映画産業の交流史などを詳述し、東アジアのメディアの越境のあり方と変遷を捉えている。
 第2部は伝承の継承と地域社会の縁、韓国映画における女性叙事、東北地方におけるトランスジェンダーのライフ・ヒストリーなど、多岐にわたるテーマを取り上げ、東アジアの各地域のジェンダー状況を探っている。
 第3部では、日本と中国のミステリ文学の交差、ゲームにおけるジェンダー差別、東野圭吾作品の映画化など、カルチャーに焦点を当てて大衆文化を分析している。その中でも、1990年代日本映画における在日中国人表象や、戦後日系アメリカ文芸雑誌に寄稿する女性をめぐる研究はマイノリティと社会の洞察を提供してくれる。
本書は東アジアの大衆文化を理解しその現代的な意義と影響力を再評価するためのリソースである。各章が示す多角的な視点は、読者に新たな洞察を与え、現代社会における文化の様態を再認識させるものである。(鄺知硯)

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日本の初期テレビドキュメンタリー史

著者 丸山友美会員
発行所 青弓社
発行日 2023年9月27日
紹介文  1957年11月からNHKで放送されたテレビドキュメンタリー・シリーズ『日本の素顔』(以下『素顔』)は,戦後社会で映画とは異なる新しい表現を切り拓いた。何を放送すればテレビらしい番組になるのかも,どんな表現にすれば「テレビ的」になるのかもわからない。そんな初期テレビ制作現場に集った人々は,どのようにテレビドキュメンタリーを創造し,どのように『素顔』を作り上げていったのか。
 これに答えるため,本書では,放送アーカイブを活用して現存する番組を視聴し,当時の資料を渉猟し,関東と関西を行き来しながら関係者へのインタビューを積み重ね,当時の制作現場での試行錯誤や模索,様々な実践に光を当てて,テレビドキュメンタリーという表現形式の独自性を明らかにする。
 具体的には,NHK大阪中央放送局の番組制作の実態,テレビ番組作りをする現場で立ち上がる規範や葛藤,そして,番組唯一の女性プロデューサーの実践を通して,東京中 心の初期テレビドキュメンタリー史を再考する。その際,本書が導入するのが,東京/大阪,男性/女性,エリート/アシスタントという3つの視点である。こうした視点を通して,本書が可視化するのは,従来の初期テレビドキュメンタリー史では十分に記されてこなかった番組制作の営みであり,ドキュメンタリーという表現が内包するグラデーションである。そのようにして,本書は,『素顔』の複数性と重層性を浮き彫りにする。(丸山友美)

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東京タワーとテレビ草創期の物語 ――映画黄金期に現れた伝説的ドラマ

著者 北浦寛之会員
発行所 筑摩書房
発行日 2023年11月10日
紹介文  1953年に開始した日本のテレビ本放送において、ドラマは当初からつくられていたが、ただ主に生放送で提供されていたということもあり、草創期のドラマの多くが現存していない。本書は、そのような草創期のテレビ放送やドラマ制作の事情、また総合電波塔である東京タワー建設に至る経緯について各章で論究しながら、現存する貴重な一本のドラマに注目する。それが、58年11月16日放送のKRT(現:TBS)ドラマ『マンモスタワー』(石川甫演出)である。
 この作品に注目する大きな理由は、当時の映像産業の非常にセンシティブな問題であった、映画とテレビの対立が真正面から描かれている点だ。ドラマは、完成間近の東京タワーとともに勃興するテレビ産業を描く一方で、それに対応することになる映画人たちの活動に焦点を当てる。
 驚きは、ドラマに登場する映画人たちを、じっさいに映画界で活躍してきた者たちが演じていることである。例えば、主人公の映画会社の製作本部長を演じたのが森雅之であり、会社の体質や産業の状況を批判的に語りさえする。シナリオは大映で活動していた白坂依志夫が書き、結果ドラマは、そうした映画人たちの視点を感じずにはいられないユニークなものとなっている。
 本書での『マンモスタワー』や当時のドラマ制作への論究を通じて、誕生してまだ間もないテレビの荒削りの若々しさ、勢い、可能性などが伝わることを期待したい。(北浦寛之)

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無声映画入門:調査、研究、キュレーターシップ

著者 パオロ・ケルキ・ウザイ (著), 石原香絵会員 (翻訳)
発行所 美学出版
発行日 2023年11月10日
紹介文  本書はパオロ・ケルキ・ウザイ著 Silent Cinema: A Guide to Study, Research, and Curatorship, 3rd Edition (英国映画協会 2019)の全訳である。1994年に刊行された本書のファースト・エディションBurning Passion: An Introduction to the Study of Silent Cinemaは、4章立ての薄い一冊だった。表紙に『キートンの探偵学入門』のスチル写真をあしらった8章立てのセカンド・エディションSilent Cinema: An Introduction(2000)は、映画を学ぶ若者向けの入門書のような体を装いながら、読者をフィルムアーカイブの世界に誘い込む仕掛けが見事だった。デジタル・シフト以降の急激な変化を受けて全15章にまで増補された本サード・エディションは、当初のおよそ4倍の厚みになっている。チネテカ・デル・フリウリ(イタリア)のチーフ・ディレクターにしてポルデノーネ無声映画の創設者のひとりでもある著者は、1990年代にジョージ・イーストマン・ハウス(現ジョージ・イーストマン博物館)に映画部門ディレクターとして着任し、館内に少人数制の専門学校を開校して米国におけるフィルムアーキビスト養成の先陣を切ったことでも知られる。熱心な教育者として、学生の教科書となる本書の執筆は必然でもあったろう。いざ調査・研究の旅に出る前に無声映画自体とその収集保存機関について押さえておくべき基本事項はすべて網羅されている。調査・研究のみならず、本書をきっかけに日本の読者がライブ・パフォーマンスとしての無声映画に興味をもってくださるなら、訳者としてそれ以上の喜びはない。(石原香絵)

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メディア考古学とは何か?: デジタル時代のメディア文化研究

著者 ユッシ パリッカ (著), 梅田拓也 (翻訳), 大久保遼会員 (翻訳), 近藤和都 (翻訳), 光岡寿郎 (翻訳)
発行所 東京大学出版会
発行日 2023年7月21日
紹介文  本学会でも関連する研究や作品、イベントがたびたび取り上げられてきたように、映像研究とメディア考古学は密接な関係にある。パリッカは本書でメディア考古学の源流の一つに映画理論とニューフィルムヒストリーを挙げている。とりわけ初期映画研究は、歴史と理論を往還し「映画」とは何かを問い直すことで、他の領域のメディア研究においても同様の問いかけが行われる契機となった。
本書のもう一つの重要な点は、メディア考古学の創造的な側面が強調されていることである。メディア考古学者の多くは、作品制作や美術教育、展示やアートの現場に強い影響力を発揮してきた。パリッカはメディア考古学を制作や展示のためのアイデアの源泉とみなすだけでなく、作品や展示それ自体を、論文や書籍と同様またはそれ以上の、メディアについての思索の結晶と捉える。メディア考古学と作品や展示は、互いに参照しながらメディアについての思索を深めてきた。
ハードウェアハッキングやサーキットベンディングを施すかのように、初期映画とソフトウェア研究、文化研究とドイツメディア理論、メディアアートとニューマテリアリズムを交錯させながら、パリッカは新しいメディア研究の地図を作り出していく。それはさながら、スチームパンクに登場する複雑怪奇な装置のようだ。果たしてその予想外の作動から何を引き出すか。本書は、私たちにメディア考古学を実践することを求めている。(大久保遼)

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Cinema of Discontent: Representations of Japan’s High-Speed Growth

著者 Tomoyuki Sasaki 会員
発行所 State Univ of New York Pr
発行日 2023年6月2日
紹介文  本書の目的は、映画テクストの読解を通じて戦後史、特に高度経済成長の歴史の語りを再構築することです。高度成長は、先の戦争で壊滅的な被害を受けた日本が世界有数の経済大国へと発展した歴史的なイベントであり、「日本経済の奇跡」などの表現に見られるよう、戦後日本の「成功」の物語として語られることが一般的です。しかし、高度成長とは日本資本主義の急速な拡大・発展であり、したがって、資本主義経済に内在する矛盾––––国民国家内の不均等発展、階級格差、個人の疎外化、失業及び不安定労働など––––とは無縁ではありませんでした。本書では、このような戦後史の「影」の部分に焦点を当て、当時の人々が経験した、急激な社会変化にまつわる不安や対立を同時代の映画がいかに表象したかを検証しています。
本書は全5章で構成されており、各章でひとつの映画テクストを詳細に分析しています。筆者は歴史家であり、分析に際しては、それぞれの映画テクストをそれが制作された時代の社会経済的・文化的コンテクストの中に置きその意義を考察するという、歴史的な手法を取っています。分析の対象としている映画は、川島雄三の『洲崎パラダイス赤信号』(1956年)、増村保造の『青空娘』(1957年)、井上昭の『黒の凶器』(1964年)、江崎実生の『夜霧よ今夜も有難う』(1967年)、神代辰巳の『アフリカの光』(1975年)の5本ですが、同時代の関連映画や小説、文化的言説にも広く言及しています。(佐々木知行)

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新派映画の系譜学──クロスメディアとしての〈新派〉

著者 上田学会員(編者), 小川佐和子会員(編者), 児玉竜一, 谷口紀枝会員, 斉藤綾子会員, 河野真理江, スザンネ・シェアマン会員(Susanne Schermann), 紅野謙介, 土田牧子, 中村ともえ, 田村容子, 神山彰, 後藤隆基
発行所 森話社
発行日 2023年3月31日
紹介文  本書は、大正期に隆盛した新派映画というジャンル、およびそれに関連する映画、演劇、文学、音楽に関する諸論考を収めた論集である。新派映画とは、大正期の日本映画において旧劇映画と並ぶ二大ジャンルを構成した映画群の総称である。新派映画をひとまず定義するならば、明治・大正期を物語の舞台とし、プロットは同時代の現代劇たる新派劇を継承して、男性演じる女形が主人公を務めていたということになろう。しかし実際の新派映画は、「新派悲劇」に限らない、実に多様なジャンルが包摂されていた。そこには、明治・大正期の新派劇はもとより、新劇や喜劇、外国文学、口承文芸、時事物など、アダプテーション可能なあらゆる題材が含み込まれていたのである。そもそも新派劇が泉鏡花の花柳界ものに代表される「型」を確立させ、現在の一般的なイメージを確立させるのは昭和前期においてであり、それ以前の新派劇の最盛期とみなされていた明治・大正期には、実に多様な試みが実践されていた。本書においては、近代と前近代、舶来と伝統の多様な要素が入りこみ、むしろ実験的とさえ形容できるような新派映画の多面性が明らかにされたのみならず、演劇や文学を包摂する〈新派〉という問題の広がりにまで結びつくその可能性が探究された。本書の研究成果が読者に伝わり、〈新派〉という概念の新たな発見につながるのであれば、編者のひとりとして幸いである。(上田学)

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寺山修司の遺産:21世紀のいま読み直す

著者 伊藤徹(著/編), 檜垣立哉(著/編),澤田美恵子(著) , 青山太郎会員(著) , 荻野雄(著) , 前川志織(著), 若林雅哉(著), 平芳幸浩(著), 佐々木英明(著), 広瀬有紀(著)
発行所 堀之内出版
発行日 2023年7月24日
紹介文  本書は、40年前にこの世を去った寺山修司の多岐にわたる活動に対して、思想、競馬、言語学、美術、デザイン、演劇、映像、政治をテーマに、各分野の研究者がそれぞれの問題意識で挑み、新たな魅力を発掘しようと試みた論集である。
映像学との関連でいえば、寺山には『田園に死す』などの監督作品があり、ほかにも多くの実験映像が残されているが、その多くは1970年代以降の仕事である。これに対し、本書第3章「機械仕掛けの巫女殺し」では、それまで構成作家として映像メディアに関わってきた寺山の仕事に注目し、1960年代の日本においてテレビがどのような社会的地位を占めていたか、そして寺山はそこで何を試み、どのように敗北し、70年代に何を持ち込んだのかを論じている。
本書の編者である伊藤徹は「執筆者がそのフィールドでそれぞれ育んだ問題意識をもって寺山という遺産にぶつかっていった結果得られた火花のようなものであって、そうした対峙の姿勢をとることこそ、寺山に対して後に続く者が示すべきリスペクトなのだ」と書いているが、結果として本書はCOVID-19の流行によって浮かび上がった深刻な経済格差や、ロシアによるウクライナ侵攻をめぐるさまざまな倫理的問題、資本主義がもたらしている閉塞感といった今日的課題を読者に突きつけ、それらに対峙することを求める挑発的なテキストになっているように執筆者の一人としては感じられる。(青山太郎)

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新説松本俊夫論

著者 ネトルトン タロウ (著), 足立元 (著), 佐々木友輔 (著), 川崎弘二 (著), 古畑百合子 (著), 西村智弘会員 (著), 阪本裕文会員(著)
発行者 阪本裕文
発行所 特定非営利活動法人戦後映像芸術アーカイブ
発行日 2023年5月31日
紹介文  本書は、戦後日本の映像文化に大きな足跡を残した映画監督・映像作家である松本俊夫氏を主題とした論文集であり、第一部「劇映画」、第二部「記録映画・実験映画」、第三部「インタビュー」、付録「松本俊夫全作品目録」によって構成されている。書名にある「新説」は、「新しい松本俊夫像」を描き出すというコンセプトから付けられたものであり、映画・現代美術・現代音楽などの幅広い専門分野を持つ研究者たちによって書かれた論考は、そのコンセプトを充分に満たすものになったと自負している。また、ネトルトン・タロウ氏の論考はオックスフォード大学出版局のScreen誌に掲載された論文の邦訳であったり、古畑百合子氏はカナダを拠点として活動されている研究者であったりと、海外の言説とのつながりも意識されている。第三部のインタビュイーは、松本作品の音楽を数多く手がけた湯浅譲二氏(作曲家)と一柳慧氏(作曲家・ピアニスト)であり、その発言は協働者の視点からみた松本俊夫論となっている。60頁以上におよぶ「松本俊夫全作品目録」は、松本氏が監督した作品83本、脚本で参加した作品9本(映画5本・テレビ番組4本)、助監督などで参加した作品3本の詳細なデータと解説によって構成されており、基本情報として活用しやすいよう項目別に記述されている。本書をひとつの契機として、今後さらなる松本俊夫研究が深められてゆくのであれば幸いに思う。(阪本裕文)

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円谷英二の卓越化――特撮の社会学

著者 真鍋公希会員
発行所 ナカニシヤ出版
発行日 2023年3月20日
紹介文  円谷英二はなぜ、どのように「特撮の神様」になったのか。本書は、この一見して自明に思える問いに答えようとする試みです。『ハワイ・マレー沖海戦』(1942)に代表される戦争プロパガンダ映画や『ゴジラ』(1954)をはじめとする空想科学映画、そして『ウルトラQ』(1966)にはじまるテレビ特撮シリーズなど、円谷の功績の大きさは改めて指摘するまでもないでしょう。それゆえ、円谷については、すでに学術内外で多くの議論が交わされてきました。本書は、これらの議論の蓄積を踏まえつつ、フランスの社会学者ピエール・ブルデューの理論に基づくことで冒頭の問いに取り組んでいます。
本書の特徴としては、これまで相対的に論じられることの少なかった戦前期、すなわちキャメラマン時代の円谷についても紙幅を割いた点が挙げられます。また、分析では文献や作品の解釈に加えて円谷の執筆記事や1950年代後半の映画作品に関する数量的な手法を併用し、多角的に検証を行った点も特徴の一つといえます。
さて、近年は『シン・ゴジラ』(2016)や『シン・ウルトラマン』(2022)といったリブート作品に注目が集まっているだけでなく、長年失われていた『かぐや姫』(1935)の短縮版フィルムも発見されました。このように特撮や円谷をめぐる状況が新しい局面を迎えているなかで、本書が特撮や円谷に関する研究をさらに発展させる一助となれば、それに勝る喜びはありません。(真鍋公希)

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これからのメディア論

著者 大久保遼会員
発行所 有斐閣
発行日 2023年1月20日
紹介文  本書は、コロナ禍の経験を踏まえて書かれたメディア研究の新しい教科書である。類書が膨大で、また日々更新されていくこの分野にあって、本書の特徴は以下の点にある。(1)2010年代以降の英語圏の研究を全面的に導入していること、(2)ソフトウェア研究、メディアの物質性、メディアと環境の連環の3つの視点を重視していること、(3)上記の視点を踏まえた上で、1970年代から2020年代の日本のメディア史を記述していること、である。総じて、メディアの知識や歴史を学びながら、時代ごとに移り変わるメディア論の視点が習得できるよう工夫を行った。またもう一つの大きな特徴として、Webサポートの充実を挙げることができる。YouTubeで閲覧可能な動画と解説を中心としたサポートは、書籍に匹敵するかそれ以上の情報量があり、独学者の理解を深めるだけでなく、授業で紹介する資料として活用することもできる。本書は新型コロナウィルスの世界的なパンデミックのなかで、メディア研究に何ができるか、著者なりにあがいた結果でもあり、それが有効かどうかは読者諸賢の判断に委ねたい。映像メディアについても、写真や映画、テレビ、ネットフリックス、TikTokまで豊富に取り上げている。ChatGPTの登場により、本格的にスクリーン以外のインターフェイスの重要性が増すことが予感される今は、映像の歴史を振り返る好機と言えるかもしれない。(大久保遼)

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混乱と遊戯の香港映画

著者 雑賀広海会員
発行所 水声社
発行日 2023年3月20日
紹介文  本書は、ジャッキー・チェン、ツイ・ハーク、ジョニー・トーという三人の映画監督(俳優)が生みだした作品を通じて、黄金期を謳歌した1980~90年代の香港映画産業の興亡を解き明かそうとするものです。この時代の香港映画については、すでに作家論・ジャンル論・産業論といった観点から研究されています。それにたいして、本書独自の試みと言えるのは、先の三人が映画の物語世界とどのように向きあっていたか、つまり、カメラの前後の境界線を鍵概念として、個々の作品分析から黄金期香港映画の特徴を浮き彫りにしようとしたことです。したがって、各章の議論は作家論や作品論になっていますが、全体を俯瞰して見たときには産業論となるように構成しました。そして、この時代の香港映画産業が映画史上で特異な時期にあるとすれば、それは何に起因するのか。本書はそれを「混乱」と「遊戯」に見定めました。混乱とは、1970年代までは健在であった、監督と俳優を封建主義的な父子関係に置くことを基盤とするスタジオ・システムが1980年代になって崩壊し、両者が無秩序にいり乱れる状態を指します。一方の遊戯とは、香港映画人がこの無秩序の混乱状態と戯れ、それを享受していたことを意味します。混乱と遊戯が黄金期を特徴づけるものであるとすれば、香港映画の独自性はけっして植民地といった外在的な政治性だけに見いだされるものではなく、映画製作の問題でもあります。(雑賀広海)

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ロードムービーの想像力―旅と映画、魂の再生―

著者 ニール・アーチャー 、翻訳:土屋武久会員
発行所 晃洋書房
発行日 2022年12月10日
紹介文  何かの事情で(あるいは何の事情がなくとも)主人公が旅する姿を描いた映画が、ロードムービーです。最近ですと新海誠監督『すずめの戸締まり』なども、ロードムービーと呼べそうです。
これまでの通説としては、『イージー・ライダー』を嚆矢とし、対抗文化の波に乗って、主にアメリカで成立・発展したジャンルと考えられてきました。しかし、本書はその事実を認めつつも、単線的な立論を斥けます。すなわちもっとグローバルな視座に立ち、旅がもたらす魂のゆらぎをさまざまに論じます。北野武監督『菊次郎の夏』、アニエス・ヴァルダ監督『冬の旅』、ヴィム・ヴェンダース監督『都会のアリス』がとりあげられるのも、この理由からでしょう。さらに筆者は、近年の「ボーダー・フィルム」や「SF版ロードムービー」を論じ、ロードムービーの新たな可能性を探ろうとします。たまらなくスリリングな内容です。
翻訳者は本来、出しゃばらず、黒子に徹しなければなりません。なのに今回は、著者が立つ舞台の袖で、ついつい独り言ちている自分に気づかされました。翻訳者としてはどうかと思いますが、それだけに思い入れ深い一冊に仕上がりました。多くの方にお読みいただければ幸いです。(土屋武久)

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混淆する戦前の映像文化 幻燈・玩具映画・小型映画

著者 福島可奈子会員
発行所 思文閣出版
発行日 2022年12月25日
紹介文 本書は、これまでほとんど光が当てられることがなかった、戦前期の主にプライベート空間における映像メディア受容について取り上げています。戦前の日本には、映画館以外で利用された「非劇場型」の映像機器が多種多様に存在しており、ときに家庭や宴会の娯楽として、また学校や宗教施設の教育ツールとして活用されました。これらの映像機器は、技術の変遷や需要の変化と共に廃棄され、忘れられていきましたが、個人コレクションなどを通じて今日でも現存しています。高度成長期以降の世代である筆者にとってそれらは、自分が同時代的に体験してきた電子メディア機器とはまったく原理の異なる、光学的なカラクリ装置であるからこそ魅せられ、長年調査・研究を続けてきました。本書では、それら明治以降に大流行した幻燈や玩具映画、齣フィルム、小型映画などの雑多な映像メディアとその文化について、多くの図版と共に取り上げています。そして、デジタル一元化が進む現代ではもはや過去の「遺物」でしかないそれらの映像メディアが、戦前期日本でどのように技術的・産業的に発展、衰退、また回帰していくのかについて考察しました。それは「古きもののなかに新しきものを発見すること」を試みるメディア考古学の見地に立てば、時代の敗者が一周回って現代においても最先端の表現を生み出し得る、という筆者の希望の表明であるともいえます。(福島可奈子)