会長挨拶

日本映像学会第26期会長 黒岩 俊哉
「問い直される〈image〉――会長就任にあたって」
(2025年5月15日発行会報第203号)

 このたび日本映像学会の第25期会長を拝命いたしました黒岩俊哉です。
 九州産業大学芸術学部の芸術表現学科にて、映像表現における理論や技術などを、微力ながら学部生や大学院生に伝えています。また実験映像作家という立場から、映像芸術分野の作品制作においても、作品コンセプトや技術/技法などを学生等と共に日々研究しています。
 日本映像学会では、学生から助手を過ごした九州芸術工科大学(現・九州大学芸術工学府)の時代から、長らく西部支部に所属していますが、私がはじめて大会(九州産業大学 第19回全国大会/1993年)で発表を行ってから、もう30年以上が経つことをふり返りますと、色々な意味で体が震える思いです。ちなみにこの年は、機関誌『映像学』が50号を迎え、会報が『Image Arts and Sciences/日本映像学会報』と名称変更され、現在の体裁となった年です。
 西部支部所属の会員では初の会長就任ということになり、私自身がその事態をまったくといっても良いほど予想していなかったため、当初は大きな戸惑いを感じていましたが、今期の第26期の理事の方々からもご推薦をいただいたことから、僭越ながら会長の大役を引き受けさせていただくことといたしました。
 一方で、今期の新理事会は、約過半数の方が初めての理事経験となります。いずれも素晴らしい研究成果をお持ちであるとともに、新しい考えや問題点を忌憚なく共有できるメンバーで、これも私が会長を引き受けさせていただく理由のひとつとなりました。したがいまして、これからの学会像を模索/形成していくとともに、本学会が培ってきた映像研究の歴史や思いを次代に伝えていくことが、当面の私の責務と考えています。
 さて皆様もご存じのように、本学会は映像研究を行う大学・大学院・機関・学校などの研究者・作家/作者・創作者・教員・学生などが所属する日本の学会です。1974年の創設から50年余にわたり「映像」の本質を探究する先端的な専門・学際研究の場としての役割を果たしてまいりました。
 本学会が設立した翌年の1975年の大会テーマは『映像学への途』というものでした。当時も映像をとりまく状況・環境の変化の渦中にあり、写真・映画・テレビといった映像メディアを横軸に、当時のさまざまな理論/思想/技術を縦軸として、多様化・拡大化を繰り返す「映像」を、動的・普遍的・横断的・本質的に捉えなおし、分野・専門・学問・技術の別をのりこえた、新たな「映像学」の構築を目指していました。
 以来本学会は、日本を代表する高度な映像研究の場として機能して参りましたが、その間、私たちの生活環境においては<情報>が一般化・基盤化し、映像における<メディア>の定義もいわば確率的・流動的なものになるなど、設立当時には予想もできなかった状況・環境の変貌がありました。とくにコンピュータやモバイル情報端末の一般化、そしてネットワークを介したコミュニケーション様式の汎用化は、メッセージを核とした人の意志交換において、それらの機会や量・質を大きく変貌させ、ミクロ/マクロの同局面においてさまざまな志向(思考)や<意味>そのものを変容させています。「映像」は、それらの中核に位置する重要な存在であり概念ですが、このような今日的・未来的な状況・環境の変化は、本学会の設立当時に勝るとも劣らないものでしょう。
 これらの「映像」および人/社会をとりまく総体の変容は、これまで以上に<映像>とは何か、<人>とは何かを問う局面を、私たちに突きつけているように思えます。「映像学」における理論にとっては人や社会そして自然に対する価値や選択が、作品創作にとっては芸術の定義から表現の方法・技術の多様化・複雑化・高度化と、それにともなう意味/概念の変容や生成が、映像研究の難しさであるとともに大きな魅力でもあるでしょう。
 日本映像学会の英語名称にも内包されている(イマージュ)は、人の知覚・認識において、外部の再現像・類似像・模像だけではなく、身体的・心的(心理的)・精神的な想像・記憶、そしてそれらの中間にある人為的/無意識的に創造された像や表象も指します。さらには、人の感覚・認識のレベルにとどまらず直観や洞察までを包含し、社会的/個人的なコンテクスト・志向・思考までに深くに関わります。したがっては、社会、制度、構造、技術、情報、メディア、生活、美、芸術、文化、ジェンダー、インクルージョン/ダイバーシティ、紛争や戦争、環境、自然、疾病、歴史といった観点や動向に自ずと広く関連することになりますが、「映像学」の目的のひとつが、とはなにかについて深く追究・探究をしていくものであるとすれば、今日の混沌・混迷をきわめる世界にとっても、極めて不可欠な中核的/基盤的な学問・学術領域であり、その重要性は日々増しているものと考えられます。
 現在本学会には、774名の正会員、9つの賛助会員が所属し、4つの支部、19の研究会(2025年4月1日現在)において、年間を通じて専門的/学際的な議論を重ねています。また、機関誌『映像学』と国際版『ICONICS』(vol.12以降『映像学』と統合)は、学会創設以来、電子版も含め113号を数え、国際的な学術的研究基盤を確立してまいりました。
 日本映像学会は、映像と人・社会・文化に要請される重要な問いを深く突き詰め、表面的・一時的・一過的な潮流に左右されることなく、本質的な「知」を真摯に探究いたします。そしてこの世界において新たな視点を産みだすことによって、私たち人類が直面し遭遇している(するだろう)さまざまな層や軸における問題を把握/解決し、世界の文化・社会・芸術の一助となることを目指します。

(くろいわとしや/日本映像学会会長、九州産業大学芸術学部)