日本映像学会第30回大会
2004年6月5日‐6月7日
主催校:東京工芸大学
実行委員長:中村光一
日本映像学会第30回大会を締めくくるに当たり、簡単に報告文をまとめさせていただきます。会員の皆様方におかれましては、公私ともに御多用中のところ御出席をいただき、誠にありがとうございました。思い起こせば、25年程前にやはり本学で年次大会を行っています。当時はまだ短期大学部の時代でしたが、着任したばかりであった私は、実行委員の一人として概要集の編集など精一杯お手伝いしたのを覚えています。4半世紀を過ぎて、多くの会員を再び本学に迎え入れられたことは、大変光栄でありましたし、この上ない喜びでもありました。
本学東京工芸大学は創立80周年を迎える工学部と芸術学部を擁する私立大学です。一昔前までは「写専」、「写大」と呼ばれていたように、写真教育の長い伝統を誇る個性豊かな教育機関です。芸術学部は94年にその長い伝統を受け継ぐ短期大学部を発展改組して誕生し、現在では写真学科、映像学科、デザイン学科(ビジュアルコミュニケーションとヒューマンプロダクトの2コース)、メディアアート表現学科、アニメーション学科の5学科で構成されています。21世紀のアートシーンに対応できるメディア・アーティストの育成をめざし、映像、音そして色彩などの表現手段を駆使して、オリジナルな芸術文化を開拓しています。
本学には神奈川県厚木市にもキャンパスがありますが、大会の会場となったのは中野キャンパスです。ここは芸術学部写真・映像・デザイン学科ビジュアルコミニュケーションコースの3・4年次生、並びに大学院芸術学研究科の院生のための小さなキャンパスです。中野キャンパスへのアクセスは、新宿駅で東京メトロ(営団地下鉄)丸の内線に乗車して2つ目の駅である「中野坂上駅」で下車するのが一般的です。会場が都庁にも近い交通至便な場所であったことが大会の成否に大きく関わってきました。
では大会報告として、まず大会2日間の出席者数を取り上げてみます。出席者数は下記の表の通りでした。
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1日目(6/5) 2日目(6/6) 合計
学会員 102名 61名 163名
一般(含学生) 99名 64名 163名
326名
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過去の大会の出席者数が概ね200名前後だったので、本大会は多くの出席者に恵まれたといえます。上述したように、会場が交通至便な場所であったことが重要な要因でしょうが、学生の参加費を500円と抑えたのも功を奏したようです。例年より若い学生の姿が目に付きました。本学の学生・院生もアルバイトとして大会運営に大きな役割を演じただけでなく、映像研究の最先端を出席者の末端に連なって見聞するという貴重な経験を味わうことができました。
本学芸術学部には、幸いにも映像学会に所属している教員が少なくありません。映像学科だけでなくアニメーション学科、メディアアート表現学科にもいます。大会の運営にあたりこうした学科の教員の手助けも期待できましたが、実施に関わる主な仕事は映像学科の教員が引き受けることになりました。映像学科の所属教員は総勢13名です。2名の非会員もいますが、全員に準備作業に当ってもらいました。昨年の9月より正規の学科会議終了後、大会実行委員会を開き、大会の大まかなスケジュールを決め、基調講演・シンポジウムのテーマそしてパネラーの人選などから討議を始めていきました。
学会理事会との具体的な打ち合わせも昨年秋から始まりました。実行委員会での討議結果を承認してもらう形で理事会審議は進みますが、既に会報でお知らせしたように、大きな意見の隔たりはなく順調に推移していきました。そうした中で、昨年暮れからは各教員の持ち場が決められ、基調講演・シンポジウムの件など大きな仕事から、お弁当の献立、業者の選定など小さな仕事まで担当ごとに具体案を絞り込み、実行に移していきました。また、この時期に配布された会報にて、具体的になったスケジュールが発表され、研究発表・作品発表の募集も開始されました。大会参加のアンケート葉書もこの会報に同封されました。年が変わり正月休みも明けますと、準備作業も本格化してきます。参加の葉書も日を追うごとに増え始め、改めて大会が近づいているのを感じ、緊張感が高まります。何かやり過ごしていることはないかと不安にもなりました。基調講演・シンポジウムについての報告は別な欄で扱いますが、約80年前に当時の映像メディアの先駆であった写真の技術的・芸術的な可能性を高等教育機関のステージにはじめて乗せた本学の伝統に鑑みて、テーマは「映像表現とナショナル・アイデンティティ」と決まっていました。テーマに最適な基調講演者、パネラーとのスケジュールあるいは内容の調整も万端なく進みました。また、30回大会のHP作りも学会HP、本学HPとリンクする形で、この時期に始めました。
研究発表・作品発表の申し込みも当初は湿りがちでしたが、3月に入り順調に増え始め、研究発表の予定数も用意していた2会場では済まなくなり、最終的には4会場にまで拡がりました。それに伴い、芸術情報館だけでは手狭にもなりましたので、中野キャンパスの教室を利用する案に変えました。また、4会場の割り振りは、原則として発表テーマの内容により、写真・アニメーション研究(会場A)、映画研究(会場B)、メディア文化研究(会場C・D)と大きく3つのカテゴリー別に分けさせてもらいました。
映像学会大会も30回という区切りの良い数字を迎えましたが、人文科学系列の他分野と比して映像に関する学問的研究は未だ発展途上です。研究発表の題目を見ても、写真、映画などアナログ映像の発展の物語からデジタル映像を対象としたメディア文化の研究まで広範囲にわたっており、集約していくというよりはむしろ拡散しているようです。学としての緻密な体裁を整えていくというよりは、既存の学の体系にラディカルな衝撃を与え、学の次元を高める役割を果たしているようです。各会場での発表も活発な議論の応酬で沸きました。総会が長引き、午後の発表スケジュールが30分繰り下がりましたが、それ以外は大きな混乱もなく成功裏に終了しました。
本年の大会は当初「会員の除名」に関わる問題で紛糾するのではないかとの憶測が流れていました。幸いなことに、私たちの心配をよそに総会の予定時間を若干延長する程度で乗り切れました。夕刻6:00時頃から始まった懇親会は、大きな仕事をやり遂げたという達成感とこれで終わってしまうのかという寂寥感が混ざり合い複雑な思いでした。美味しい料理と美酒に囲まれ、緊張感が解けると話が弾み出し、新たな友をえたり、旧き友との再会を喜び合うなど充実した宴となりました。懇親会だけでなく大会全体の反応も好意的なものが多く、私たち実行委員を喜ばせてくれました。
翌日は、台風一過で晴天と期待しましたが、時折強い雨に悩まされるというひと筋縄ではいかない天候でした。実行委員にとってこの日のエクスカーションのスケジュールを終えなければ、大会終了とはいきません。出席者は実行委員(11名)を含めて29名でした。六本木ヒルズの森美術館で開催されていたMoMAニューヨーク近代美術館展「モダンってなに?」の見学とテレビ朝日新社屋のスタジオ見学により、新しい東京、新しい映像時代を味わってもらおうという企画でした。ただ、テレビ朝日側から治安の観点から出席者の事前登録を強く要請されていたため、3月下旬までに参加の葉書を提出していただいた会員に限られてしまったのが残念ではありました。
森美術館の方は多少のコネもありまして、入場料ならびに学芸員の展示案内ともにサービスということで代金の徴収を免れました。テレビ朝日の見学が一回につき10名程度という制限がありましたので、森美術館の見学も午前と午後の2回に分けざるをえませんでした。ご支援下さった美術館関係者のご協力に深く感謝申し上げたいと思います。54階建てタワーの最上階に位置する世界で最も高いところにあるこの美術館は、六本木ヒルズという巨大文化都心に位置していることもあり、私たちが慣れ親しでいる日本の美術館とは異なり、展示作品の収蔵元であるMoMAニューヨーク近代美術館をも超え、メディア時代の新たなる文化施設を思い起こさせてくれる存在感をもっていました。ただ、この先端的な美術館を堪能するには時間が不足していました。
テレビ朝日は昨年4月に六本木ヒルズに新本社ビルを完成させ、放送と通信の融合時代に向け地上デジタルテレビ放送を利用した事業化に邁進しています。映像スペシャリストである映像学会員にとって‘おいしい’施設であるはずでした。しかし、広く視聴者を迎え入れるキャパシティも専用の見学ルートもないことから、見学は情報教育支援ということで学生・生徒に限られていました。ここでも実行委員のコネを使うという裏技で特別に見学が許されました。10名程度という機動的な人員でテレビで見慣れたスタジオを巡りました。「ニュースステーション」からこの4月に衣替えしたばかりの「報道ステーション」のスタジオでは思わず「あっ、ここだ!」と感激の声が漏れました。ただ、特別という割りには専門的な対応がなく、愛嬌が取り柄(?)のガイドの指示に従い、スタジオ内をグルッとひと回りしただけでした。もう少しプロフェッショナルな部門を覗いてみたいとかそこで働く局員との対話ができたらとか、欲張りな意見が思わず出てしまったのは、私だけではなかったと思います。
さて最後に取り上げるのは、こうした2つの施設の見学の合間に参加者全員で過ごした昼食時間です。イタリアン・レストラン「サドレル」でフルコースのランチを味わっていただきました。エクスカーション費としていただいた会費のすべてがこのランチ代として消費されました。見学よりもこちらの方に魅力を感じた方も多かったのではないかと思います。美味しい料理とワインを頂きながら打ち解けた時間を堪能させていただきました。ここでの簡単な挨拶が私の最後の仕事となりました。
この30回という記念すべき大会を引き受けるに当り、まだ4年制の学科になっての歴史が浅く、前年度までに経験豊かな教員の多くが定年などで去っていったこともあり、大丈夫かなと思い悩むことがあったのを懐かしく思い出します。しかし、昨年は本学の創立80周年に当りましたし、本年も芸術学部創立から10年目を迎えたこともあり、お目出度ついでに大英断を下したなどと漏らせば、叱責の声が上がるのも無理からぬことでしょう。実際は、その程度の決断でした。それ故、若い教員スタッフの不断な努力、理事会など学会執行部の強力なバックアップ、そして学生・院生から業者に至るまでの広範囲なアシスタンスなくしては、この大会の成功は有りえなかったと信じます。こうした大会運営に関わった多くの人々に感謝の気持ちを伝えながら、報告文を閉じたいと思います。充実した時間を過ごさせていただき、本当にありがとうございました。
(執筆・記録:中村光一/会報第128号より)
プログラム
■6月5日(土)基調講演・シンポジウム・作品発表
会場:東京工芸大学中野キャンパスおよび芸術情報館
12:30 受付開始
13:15 開会挨拶 若尾真一郎(東京工芸大学芸術学部長)
13:30-14:30 基調講演 佐藤純爾(映画監督)
14:40-17:00 シンポジウム「映像表現とナショナルアイデンティティ」
パネラー 冨田美香(立命館大学)
落合一泰(一橋大学)
細萓 敦(川崎市市民ミュージアム)
司会 西村安弘(東京工芸大学)
■6月6日(日)研究発表・作品発表・総会・懇親会
会場:東京工芸大学中野キャンパスおよび芸術情報館
研究発表
10:30-11:00
内野博子「写真の形成過程での出来事、その意味について─写真映像特有のぼけから考える」
鳥山正晴「見えてきたDogma95の手法の意味─ラース・フォン・トリアーを中心として」
和田伸一郎「仮想的なもの悪について」
11:10-11:40
野村康治・纓坂英子「写真撮影と記憶との関係について─撮影行為が記憶に及ぼす影響について」
畠山宗明「エイゼンシュテインの「物体の演技」─『戦艦ポチョムキン』を中心に」
柴田崇「生態学的知覚論におけるメディアの意義とその展開」
11:50-12:20
長船恒利「ヴァーツラフ・ジグムントとチェコ・シュルレアリスム写真」
中野靖子「市川崑の映画作品に見る集中と拡散の問題について」
門林岳史「マクルーハンとテレビ文化」
12:20-13:20 昼食
13:20-14:35 第31回通常総会
15:00-15:30
吉川信雄「現代彫刻に見る精神─イギリス現代彫刻の問い直し」
楊紅雲「「斜陽化」に生きる東映─テレビに対抗した実録映画路線(1973~1975)を中心に」
李仙姫「ナム・ジュン・パイクの研究─行為(パフォーマンス)作品を中心に」
清水藍「視覚障害者の音声情報によるイメージ形成に関する研究」
15:40-16:10
小出正志「映像学とアニメーション研究に関する一考察」
堀田多郎「『ブリキの太鼓』の一考察─オスカル、太鼓叩きの芸術家」
鄭又龍「フィードバック効果による自然光の造形的表現に関する研究─自作作品を中心に」
前川道博「メディア活用を促す「eポートフォリオ」学習支援の実践─「PushCorn」を用いた「誰でもできる情報発信」の支援」
16:25-16:55
森本純一郎「押井守論─実写とアニメを繋ぐ鍵」
韓燕麗「中国映画から香港映画へ─東アジアにおける映画製作の交流と香港映画の形成」
飯村隆彦「「間」を巡る4っつの映画─美術、記録、アニメ、抽象」
新居理絵「衣装映像の特殊性─KCIデジタルアーカイブを事例として」
17:05-17:35
今井隆介「実写映画とアニメーションの邂逅─特撮怪獣映画『キングコング』を中心に」
余安里「ピピロッティ・リストの芸術作品における「ビデオ機械の無意識」と身体─『「免除」ピピロッティのあやまち』(1988)を中心に」
■作品発表 6月5日(土)12:30-17:30、6月6日(日)10:00-19:00
会場 芸術情報館
発表者 阪本裕文「Still image with 240 stripes」
千光寺義和「動く段ボールクラフトによる私のアニメ表現」
浅井敬三「2003年アメリカベストCM─ADWEEK BEST SPOTS OF 2003の紹介」
熊谷武洋「「デジタル山口大学」オープニング映像─関数機能を活用したCG映像の制作」
林桃子「計時器─time piece─宇宙から見た太陽・地球から見た太陽」
風間正+大津はつね「Dé-Sign(脱記号)15─<From June 6tn to December 27th>」
相内啓司「Imago・鏡の中」
吉川信雄「スピンアート─形におけるマッピング」
鄭又龍「WIND」
奥野邦利「記憶の残照」
黒岩俊哉「呼眠─KOMIN」
■6月7日(月)エクスカーション
森美術館(MoMAニューヨーク近代美術館展)
テレビ朝日新社屋
以上