第27回大会[2001年]報告

日本映像学会第27回大会
2001年6月2日‐4日
主催校:大阪芸術大学
実行委員長:山田幸平

 大会のテーマを「映像と20世紀芸術」として、映像学と関連する知の深層を追尋することを標榜した、21世紀最初の大会は、27回を数えて、6月2日(土)、3日(日)、4日(月)の三日間、所定のプログラムを消化して、無事幕を下ろすことが出来ました。
 大会参加の人数は総数181名、その内訳は会員123名、一般参加43名、学生25名となっており、200名定員の主会場AVホールが、シンポジウムの時点でほぼ満席に近く席が埋まったのは、芸大の歴史では珍しいことと云わねばなりません。一般参加の人数がやや多かった理由としては朝日新聞の学芸部記者が大会の内容に興味を持ち、大会前にかなり詳しい紹介記事を載せ、取材を申し込んできたのも一つの要因と思われます。また、大会実行委員が心配していた天候も、まさしく梅雨の晴れ間、正確に大会三日間だけ青空を見せてくれたのも幸運と云うべきでしょう。
 さてその実行委員会は、ミレニアム年の師走の総会の時点で、芸大のスタッフと幹事会を中心に広範な拡がりを持って構成しました。そのお蔭で仕事の関係上、当日大会に出席できなかった委員もアイデアを提供して頂いたり、発表者を推薦して頂くなり、大会の運営に大きな厚みが出来たと考えております。大会の実行委員会は次のとおりであります。
委員長山田幸平、委員池内義幸、石塚洋史、犬伏雅一、井本雄三、遠藤賢治、大橋勝、田之頭一知、土居原作郎、豊原正智、早川善信、藪亨、吉岡敏夫、吉川幸夫(以上芸大)伊奈新祐、加藤幹郎、杉山平一、永田彰三、永田靖、橋本英治、羽生清(以上幹事会)の皆さんであります。
 大会初日は、大阪芸大の芸術研究所長の中島貞夫氏の挨拶によって開始されましたが、中島教授は、自らも監督である立場を踏まえて、芸大映像学科の映画制作の実態を踏まえた、力強い挨拶でありました。続いて、山崎正和氏の基調講演が行われました。山崎氏は、現在、東亜大学学長、芸術批評および文明批評に広汎な業績をお持ちですが、劇作家としての業績がその根底にあります。ミレニアムの年に、『二十世紀』と題する作品を、神戸と東京で上演しましたが、この作は20世紀を戦争と映像の世紀と見立てて、『ライフ』の表紙を撮り続けたユダヤ系の女流写真家、マーガレット・ホワイトの波乱に満ちた生涯を描き切った評判作でありました。従って山崎氏はこの21世紀最初の映像学会大会の基調講演にふさわしい人物であります。
 山崎氏は、イメージと現実という大きな枠組の下に、近代芸術の種々相を検討し、更に、フィードラーの芸術理論を応用しながら、身体と手および視覚の関係を細密に論じつくして、その上、近代芸術の一ジャンルとしての映像の世界が、非身体的方法を光学技術に依ってとることを余儀なくされながら、古典的な世界である陶芸の世界が火と出会うことによって生じる、ずれとゆれと同じ現象に出会うことによって、かえって映像作家の奥深い味を生む過程を分析されました。
 シンポジウムはこの基調講演を受けて、午後4時過ぎから行われましたが、その間に本学会の20の研究発表の裡、5つの発表が行われました。パネラーの一人である岩本憲児氏が、自分は映画と映画史の領域を担当するのだが、研究発表そのものがうまく呼応してくれていると感想を述べられましたが、まことに、本大会の特質はそのような個所にも滲み出ていると申せます。大会シンポジウムは幾つかの組合せが話題に上りましたが、山田幸平がシンポジウムのコーディネーターとして指名された以上、山田のもっとも良く知る、映像および20世紀芸術研究のヴェテランに登場して頂くことになりました。映像理論の峯を極め尽そうとされる倉敷芸術科学大学の淺沼圭司氏、ジョイス、ベケットの研究家であると共に写真および美術の動向に深い関心を寄せられる明治大学の近藤耕人氏、映画および映画史の研究に着実な業績をつみ重ねられつつある早稲田大学の岩本憲児氏、およびサルトルの小説と戯曲に精しく、またフランス留学の際、ドゥルーズに直接指導を受けた美学者としてユニークな美学理論を展開する大阪芸術大学の山縣煕氏の四氏にお願いすることにしました。四氏は、「映像と二十世紀芸術」をテーマに、各自もっとも関心のある所を縦横に語っていただきました。細部は基調講演と共に別紙の記録にゆだねますが、岩本氏はシンポジウムの先端を切って、映画史の中からモンタージュ、引用、コラージュなどの美術や文学などとも重要な関連を結ぶ技法について、ヴィデオを用いながら論じられました。次に近藤氏は、まず、キュービスム時代のピカソが、写真を応用していた問題から、写真と絵画の共通の問題をえぐり出し、ぼかし、ずらし、ほのめかしなどの徴表を指摘しながら、〈映像〉のあいまいさについて言及されました。次に山縣氏は、一転、ベルグソンからドゥルーズに至る時間の問題と、それに関わるbodyの問題について関心を示し、20世紀の懸案たる身体的時間と映像との深い関係について論じられました。そして、最後に淺沼氏は、映像学と芸術諸学との関係を論じて、学問の系としてはいよいよ複雑化する映像学を論じて、その中に小さな変化をも見逃さない姿勢の重要なことを述べられ、ワルター・ベンヤミンの再考を促された。鋭く、広汎な会員の質問も相つぎ、シンポジウムは活況を呈したまま、幕を閉じました。
 本大会はAVホールを始めとする研究会場の他に、映像展を設置しました。一階展示ホールを二つの会場に分け、その一つに、会員10氏の映像作品を上映、相内啓司氏の『森の足跡』、『視界の切符』、池田光恵氏の『距離 遠くて近い/気化する男』など、21世紀の初頭を暗示する気鋭の諸作品でありました。もう一つの会場には、大阪芸術大学所蔵のアンリ・カルティエ=ブレッソン・コレクションの一部を選んで展示し、なお4階の芸術情報センターの展示コーナーに、大阪芸術大学所蔵のウィリアム・モリスの『ケルムスコット・プレス刊本』のうち、『ジェフリー・チョーサ作品集』と『聖処女マリア賛歌』を含む8点を展示しました。ウィリアム・モリスの色彩芸術家としての真価を発揮したものであります。
 第二日目は、午前10時30分から開始、折から『ホタル』上映中の『「高倉健」論-「まなざしの美学」への助走』を含む15氏の研究発表があり、いずれの発表も力のこもったもので、また研究対象も、『マルチメディアソフト「笠戸丸」の構想について』から『映像概念とアニメーション概念に関する一考察』まで、『デヴィッド・クローネンバーグの「知覚3部作」』から『撮られなかったショットとその運命』まで、さらに『チャップリンから歌舞伎へ』から『芝居小屋から映画常設館へ』まで実に広汎なものでありました。これは今後、さらに広汎な研究対象へ展開する可能性を持っております。特筆すべきは熱心な参加会員によって、一部の会場では、椅子の不足な場面も発生いたしました。
 さて本大会の特徴は、山崎氏の基調講演に応じるような「『映像の世紀』について」と題するもう一つの特別講演を持つことであります。NHK制作1995年作のNHKスペシャル『映像の世紀』を制作統括されたNHKエグゼクティブ・プロデューサーの河本哲也氏が、制作の一部をヴィデオで映写しながら、自らの取材体験も踏まえて、まさに戦争と映像の世紀であった現実、しかも世紀を越えても未だ民族紛争の絶えぬ現実を、人道的な感情を露にして講演をされました。河本氏の講演を終えて16時20分、本大会の二日目の発表は終了しました。直後、松本俊夫会長は、閉会の辞を述べられ、大阪芸大で開かれた第2回大会と25年後の今次大会を比較して、確実に映像研究の充実の度合いは増して、21世紀へ希望をつなぐことができる旨の感想を吐露されました。通常総会を経て、懇親会は、芸大奥山の総合体育館2階レストラン、いわゆる新しくレセプション用に設置された〈ローズ・ルーム〉にて17時30分を少し過ぎた時点で開かれました。途中、次期大会を受け持たれる早大の岩本憲児氏がひかえ目な抱負を語られるなど、ローズ・ルームの大きなガラス窓に映る金剛山麓の光りが次第に溶暗する中、和気藹々のうちに宴が深まってゆきました。参加者75名。
 大会3日目はエクスカーションです。日本橋の国立文楽劇場はかなりの文楽通でも、舞台裏の構造をつぶさに見るという機会はなかなか訪れることはないでしょう。土居原作郎実行委員の努力によって実った本企画「裏から見た文楽の魅力」は、重要な企画といって良く、演劇通の岩本憲児副会長を始め、若い芸能史研究の一般参加を含め28名が参加。東京出身の若手の太夫の文楽の風土の上方性をくっきりと描き出す講話、同じ若手の人形の遣い手による使い方の実地の指導など、有意義な時間でした。客席に比して舞台の奥行きの広さに多くの人が驚き、舞台を歩むと、人形が大地に投げ出されたような感覚を生み出します。人形を暗い闇の中から浮かび上がらせた宮川一夫キャメラマンの『曽根崎心中』の映像が話題に上りました。
 午前9時30分に劇場事務所に集合、見学終了がちょうど正午、劇場内レストランにて、和風料理を頂き、ビールで乾杯。豊原正智理事を始め、本学会の運営の中心を荷なった数名の実行委員が、午後1時すぎ、東京を始め、各地方に帰宅される参加者を見送って散会、第27回大会のすべての行事が終了いたしました。
(執筆・記録:山田幸平/会報第116号より)

プログラム
■6月2日(土)
12:00 受付
12:50 開会挨拶 大阪芸術大学藝術研究所所長 中島貞夫
13:10 基調講演 「映像と20世紀芸術」 大阪大学名誉教授・東亜大学学長 山崎正和

研究発表
14:40
   「映像表現における桂枝雀」土居原作郎(大阪芸術大学)
   「映画理論にないモンタージュ手法─テレビ中継における客体のリアクション─」北川泰三(京都学園大学)
15:20
   「チャップリン《独裁者》にみる音表現の革新性」中村滋延(九州芸術工科大学)
   「劇映画における「修辞的語り手─1950年の三つのハリウッド映画に即して─」木下耕介(大阪大学)
   「クレショフ効果に関する実験心理学的研究」鈴木清重(立教大学)

16:00
シンポジウム
「映像と20世紀芸術」
 パネリスト
  淺沼圭司(倉敷芸術科学大学)
  岩本憲児(早稲田大学)
  山田幸平(大阪芸術大学・コーディネーター)
  近藤耕人(明治大学)
  山縣 煕(大阪芸術大学)
18:20 終了

■6月3日(日)
研究発表
10:30
   「インターネットと著作権保護の問題」河合明(日本大学)
   「チャップリンから歌舞伎へ」大野裕之(京都大学)
   「マルチメディアソフト”笠戸丸”の構想について」宇佐美昇三(駒沢女子大学)
11:10
   「バーチャル・キャラクター作成─デザインプロセスとインタラクティブ・アニメーションの検討─」木下武志・河本幸生(山口大学)
   「清水映画における子供の魅力について」大澤 浄(京都大学)
   「ジェンダーとホラー映画─カール・フロイントの『狂恋』を一例にして─」中野 泰
11:50
   「リニア編集からノンリニア編集への移行に関する諸問題について」山下 耕(東京工芸大学)
   「チャンバラ映画の”殺陣”におけるリアリズムの問題」小川順子(総合研究大学院大学)
   「デヴィッド・クローネンバーグの”知覚3部作”」今井隆介(京都大学)
12:30 昼食
13:30
   「自律型汎用3次元群集アニメーション─マルチエージェントによる自律して行動する群集のシミュレーションとアニメーション映像化技法─」河内隆幸
   「<高倉健>論─”まなざしの美学”への助走─」山縣 煕(大阪芸術大学)
   「社会への役割・機能を要請されての映画づくりはどう歩んだか」井坂能行(岩波映像)
14:10
   「映像概念とアニメーション概念に関する一考察」小出正志(東京造形大学)
   「芝居小屋から映画常設館へ」板倉史明(京都大学)
   「撮られなかったショットとその運命─<事変>と映画1937-1941─」藤井仁子(京都大学)

14:50 特別講演「『映像の世紀』について」
NHKエクゼクティブ・プロデューサー 河本哲也

16:20 休憩
16:30 第28回通常総会
17:30 懇親会
19:30 終了

■映像展 6月2(土)12:00~18:00、6月3日(日)11:00~17:00
会場 芸術情報センター1階展示ホール
出品者 相内啓司 池田光恵 北川泰三 小林千里 中村滋延 吉川信雄 鄭揆相 木下武志 長篤志 風間正+大津はつね

■6月4日(月)エクスカーション:国立文楽劇場「裏から見た文楽の魅力」
9:30 劇場ロビー集合
10:00~12:30 見学

以上