第42回大会[2016年]報告

日本映像学会第42回大会
2016年5月28-29日
主催校:日本映画大学
実行委員長:石坂健治

1.大会概要
〔会場〕日本映画大学白山キャンパス(神奈川県川崎市市麻生区白山2-1-1)
〔会期〕2016年5月28日(土)、29日(日)
〔日程〕28日(土)12:30 ~ 20:00 シンポジウム2件、発表、懇親会
    29日(日)10:00 ~ 18:00 発表、理事会、総会、アナログメディア研究会
〔発表件数〕52件(研究発表41件、作品発表11件)
〔参加者数〕221人(会員157人、一般30人、学生34人)※無料参加の本学学生を除く
〔懇親会参加者数〕104人

2.開催校について
 最初に開催校の日本映画大学を簡単に紹介します。1975年、映画産業の斜陽化に伴って人材育成所としての機能を失いつつあった撮影所に代わるものとして、松竹や日活など撮影所育ちの今村昌平監督が映画作りを志す若者たちを集めて2年制の各種学校を横浜駅前に設立。この横浜放送映画専門学院は1985年に日本映画学校(3年制の専門学校)へと改組され新百合ヶ丘に移転しました。そして東日本大震災直後の2011年4月、わが国初の映画単科大学である日本映画大学として新たにスタート。本年3月に第2期生の卒業式をおこなったところです。
 このように大学としては新参者ですが、各種学校・専門学校時代を合わせると40 年余の歴史を持ち、特徴としては、①映画監督が設立した学校で、②撮影現場で働く即戦力の人材養成に力を注ぎ、多くの作り手を輩出してきた、といった「正史」とともに、③映画作りを学んだにもかかわらず多くの卒業生がお笑い芸人として活躍している(ウッチャンナンチャン、出川哲朗、狩野英孝、バカリズム、ほか)といった「裏の歴史」(いや、こちらが正史か?)も特筆すべきでしょう。
 校風としては、演出脚本、撮影照明、録音、編集などのコースに分かれて独自のカリキュラムをこなしつつ、卒業制作で全コースが合流して作品をつくり上げることから、OB・OGを含めた上下のつながり、連帯感が強く、ずばり「体育会系」の雰囲気が濃厚です。また、より小ユニットで制作実習をおこなうドキュメンタリー・コースは、いわゆる「セルフ・ドキュメンタリー」の拠点として海外でも知られています。筆者が属する映画・映像文化コースは大学化とともに設置された新コースで、映画史・映画理論をはじめとする教養系の科目からなり、卒業要件も卒論の提出という、本学では唯一「創作」ではなく「研究」の場です。今大会の実行委員の大半は映画・映像文化コースの教員です。

3.準備
 本学で大会を開催することは、1974年の日本映像学会創立時のメンバーである佐藤忠男学長の念願でした。専門学校時代からたびたびオファーがあったそうですが、施設やマンパワーの面で難しいと辞退していたところ、大学化とともにキャンパスが2つ(新百合、白山)に拡充し、映画研究のコースもできたことで、最初の卒業生を送り出した暁には積極的に考えようという機運になっていきました。そして昨年の京都大会を前にして、筆者の母校の尊敬する先輩である武田潔会長から打診いただいたこともあり、機は熟したと判断してタイミングよく開催を決定することができました。教職員の中に会員が10人ほどいたこともコンセンサス取付けには大きかったです。開催前日の金曜日を全学休講とするなど、小さな大学ならではの全学的な協力態勢が組めました。余談ですが、1974年の学会創立と翌年の今村監督による学校設立はほぼ同時期なわけで、日本映画界の変革期に産声をあげた者同士なのだと改めて認識した次第です。
 そこで大会テーマですが、既述のように本学は映画の「創作」と「研究」が切磋琢磨する教育の拠点でありたいと願い、そうしたカリキュラムを組んでいますし、日本映像学会も創作者と研究者が垣根を越えて交流するプラットフォームをめざしています。そこで、監督をはじめとする「創作者」が教員として多数在籍する本学の個性を最大限に生かすことで学会の指向とも並走できるよう実行委員会で討議を重ね、われわれが学生と向き合う中で日々感じている、創作活動(+研究活動)と教育の間に横たわる達成感や齟齬のありようを議論する場にしたいという方向性が出ました。最終的に、シンポジウムについては、「創作と教育」に係る第1部と「研究と教育」に係る第2部からなる二部構成としました。
 これに伴い、大会テーマを若干キャッチコピー風に「映画やめますか、人間やめますか~創作と研究のジレンマ~」としましたが、大会後に「タイトルからもっとバトルになるかと思いきや、案外おとなしかったね」といった感想も頂戴しました。ひょっとすると、荒井晴彦から足立正生まで錚々たる論客=教員を擁する本学に対する、ある種の期待を皆様お持ちだったのかもしれません。また、これも余談に近く恐縮ですが、当日配布の概要集の表紙は暗がりに線路が幾重にも交差して遠くへ消えていく写真を加工したデザインを採用しました。「映画やめますか、人間やめますか」という選択の迷いに満ちた標語調の大会テーマをうまく可視化していると概ねご好評をいただいたのですが、お一人だけ「これは映画の道に入る前に鉄道マンだった佐藤学長をあらわしているのか?」とお尋ねの方がいました。本学OB のデザイナーに問い合わせましたが、そうした意図はまったくなかったそうです。
 以下は開催までの事務的な進行をまとめて記します。昨年5月末の京都大会で次回大会開催校としてご挨拶させていただきましたが、大会開催情報については第1通信として学長による開催宣言を会報に寄稿し、その後の第2、第3通信、それに当日配布の概要集を実行委員会で作成しました。概ね順調に推移しましたが、発表者から提出された時点で速やかに研究企画委員会にお任せすべき各人2000字の発表概要(エントリーシート)の審査を間違って開催校サイドで始めたため、審査日程のロスを生じさせることになり、研究企画委員会にご迷惑をおかけしました。また、開催詳報を掲載する第3通信の準備中に発表予定者から発表日時のリクエストがあったため、印刷・発送スケジュールを遅らせ、本来ならば5月上旬に会員に届くべきものが若干遅れることとなりました。通常、発表日時については、分野などのバランスを考えて実行委員会が決定し発表者に通知するのですが、特別な事情には対応することもあり、今回は通信の遅れとなりました。逆に、発表で使用する機材については概要集への原稿依頼とともに各人に問い合わせていたため、スムースに進めることができました。

4.当日運営
 大会初日の5月28日(土)は、本学白山キャンパスの正面玄関での受付からはじまりました。年度によっては参加者が受付で長蛇の列を作ることも目にしてきましたが、今回はゆったりしたスペースで早めに開場して落ち着いて対応することができ、参加者を順次、学内にお迎えすることができました。
 初日の最大の問題は、開会から二部構成のシンポジウムまで約5時間のプログラムをどこで行うかということでした。翌日の総会も同じ会場になるわけで、参加が見込まれる200人ほどを収容できるスペースとなると校舎内の教室では対応できず、また新百合ヶ丘地区は10か所近いホールがある街として知られ、そうした外部施設を借りるという案も浮上しましたが、大会の一体感から見てできる限り学内で進行させたいという意見に落ち着き、体育館に椅子を並べて実施することとなりました。本学の白山キャンパスは廃校となった小学校を改築したもので、神奈川県からリニューアル建築活用が評価されて賞までいただいたのですが、ところどころ往時の名残が残っています。とくに2階の教室3室と体育館はあえて「昭和の小学校」のままの姿で保存・管理し、学生の実習はもとより映画やテレビドラマの撮影にも貸し出し、重宝に使っていただいている撮影セットでもあります。体育館は通常は土足禁止のうえ、在庫の椅子は小学生用の低さ(低学年、中学年、高学年用の3種)。シンポジウムと総会に参加された皆様には長時間、腰に負担をおかけしたことをお詫び申し上げます。ただ「学会で昭和の小学校の雰囲気を体験するとは思わなかった」とサプライズ的に面白がられた方々もいらっしゃったのが救いでした。なお、今回だけ土足OKにするために床を全面ブルーシートで覆ったため、約17万円の養生費が予定外に発生。これがなければ大会全体で約10 万円の黒字のところでしたが、差し引き7万円弱の赤字となり、開催後に理事会でご審議いただき、スムースな進行のためのやむを得ぬ支出と認めていただき補填措置に与かることができました。感謝申し上げます。
 各教室での発表や上映、アナログメディア研究会については大きなトラブルなく進行しました。学会理事の方々をはじめ座長をお引き受けくださった皆様に感謝申し上げます。この部分では機材回りやタイムキーパーなど学生補助員の役割が大きかったのですが、本学では前日の休講日などを利用しながら事前の研修で慣れてもらい順調に進めることができました。また、発表については当然ながら部屋ごと・時間帯ごとに参加者の移動による数の凸凹があり、筆者が座長をつとめたブロックでも発表者が用意した資料プリントが不足することもありましたが、急遽追加コピーをおこなってしのぎました。
 ロビーでのループ上映(作品発表)は素材のとりまとめが今後も課題になると感じました。すなわち、①各発表者から任意のフォーマットを提出してもらい、開催校サイドで上映素材を作る、② Blu-ray など予めフォーマットを指定して提出してもらう、という2パターンが考えられます。幸い本学は技術スタッフを擁しており①で対応できましたが、いずれにしても今後の開催校は発表者との間で早めの確認が必要でしょう。
 祭り好き、飲み食い好きの映画人たちゆえ、本学では懇親会についてひときわ侃々諤々の議論を重ねました。当初は伝説の今村昌平組のロケ炊き出しを再現しようという案も出ましたが、当時を知る人も少なくなっていて断念。しかしワイン通の実行委員が酒肴選びからバーテンダーまでつとめ、地域の夏祭りや校庭の菜園などでいつもお世話になっている「白山まちづくり協議会」から豚汁を寸胴鍋2つ分ご提供いただき、全体としては料理も飲み物も十分に行き渡ったうえでほぼ完食・完飲という満足できる宴席になったのではないかと思います。懇親会では次回開催校の神戸大学からもご挨拶いただきましたことを付記しておきます。

5.総括
 以上、第42 回大会はつつがなく終了しました。当初は小さな大学で十分な運営ができるのかと不安もありましたが、皆様のご協力のおかげで乗り切ることができました。概要集の編集の際のミス、体育館の養生のための急な出費など、反省すべき点もありました。来年以降の開催校の皆様にはご質問などご遠慮なくお寄せいただければと思います。

全体プログラム
5月28日(土)
11:30- 受付開始
12:30-12:45 開会の辞
12:50-14:20 シンポジウム①「創作教育の限界と可能性」
 登壇者 石井岳龍(神戸芸術工科大学)
     小口詩子(武蔵野美術大学)
     昼間行雄(文化学園大学)
  司会 天願大介(日本映画大学)

14:30-16:00 シンポジウム②「観賞教育の理想と現実―映画研究は何を目指すのか―」
 登壇者 伊藤洋司(中央大学)
     長谷正人(早稲田大学)
     木下千花(京都大学)
  司会 土田環(早稲田大学)

16:30-17:00 研究発表・作品発表
16:30-17:00
研究発表
飯岡詩朗「分身/分裂する男―『七年目の浮気』とシネマスコープ」
 植田寛「高等教育における映像専門教育の背景と指導方法」
趙陽「『牯嶺街少年殺人事件』における画面内の運動」
桑原圭裕「映画ショットにあらわれる風土性に関する一考察―湿度の違いを中心に」
成田雄太「スーパー・インポーズ定着以前のトーキー・プレゼンテーションについて―サイド・タイトル、X版を中心に」
作品発表
山口勝弘・北市記子「Mount Fuji and Golden Cockroach―富士山とゴキブリ」

16:00-19:30 作品ループ上映
17:30-19:30 懇親会

5月29日(日)
9:00- 受付開始
10:00-11:50 研究発表・作品発表
10:00-10:30
研究発表
雑賀広海「連鎖する切腹―三島由紀夫と残酷時代劇」
元村直樹「映画制作実習の副次的教育効果」
高城詠輝「新藤兼人の大地と家と人と」
松尾好洋「「労働衛生3管理」から考える映画フィルムの保存―長期保存のための環境測定と保護処理の試み」
近藤和都「複製技術時代の映画経験―戦前期日本における時間的に構造化される受容空間について」
作品発表
太田曜「『BLANK SPACE』 16ミリフィルムの映画作品」
須藤信「360度映像におけるCGのマッチムーヴ表現作品「CG360」」

10:40-11:10
研究発表
伊藤弘了「小津安二郎研究における「ネガ・シート」の活用可能性について―『お茶漬の味』『東京物語』『早春』を中心に」
宮下十有「大学における初歩的映像制作の授業実践―造形ワークショップを題材とした映像制作」
広瀬愛「映画「四谷怪談」考―深作欣二『忠臣蔵外伝 四谷怪談』における「傍観者」の視点」
高橋克三「子どもの記録と8ミリフィルムアーカイブ―ウェブ社会に生きる私たちにとって」
森下豊美「「アニメーション」から「アニメ」へ―草月アニメーションを源流とするアニメーションの系譜についての考察」
作品発表
末岡一郎「кинофотопленка―映画フィルム」
黒岩俊哉「映像表現の特殊効果における「補完」の考察―映像作品“nHr°3”」

11:20-11:50
研究発表
須川まり「『宗方姉妹』における京都の都市イデオロギー」
栗原康行「大学に於けるグループ制作の映画製作と劇場公開上映による教育効果 大学創立65周年記念事業の映画制作プロジェクトについて」
鳩飼未緒「ポルノとしての日活ロマンポルノの確立―『団地妻 昼下がりの情事』の特異性」
矢澤利弘「野外上映型映画祭の実践的意義―夜空と交差する森の映画祭などを事例として」
田中晋平「1970年代後半の関西における自主上映とその多様性」
作品発表
川口肇「wired-glass―デジタル時代における銀塩フィルムによる映像表現」
風間正・大津はつね「記憶のマチエール #8 ―〈D-27〉」

12:00-13:30 昼食 ※理事会
13:30-14:30 第43回通常総会
14:50-18:00 研究発表・作品発表
14:50-15:20
研究発表
正清健介「小津映画における地方方言の疑似性について―小津の音声演出」
有吉末充「アニメ制作ワークショップの成果と今後の課題」
角井誠「創造行為とフィクション―ジャン・ルノワール『ランジュ氏の犯罪』における俳優演出」
田辺秋守「ジル・ドゥルーズ『シネマ1*運動イメージ』の映画人間学的一考察―実存の5つの様態への注解」
安部裕「テレビ番組における、簡易スタジオを使用した番組の映像技術―HD-SDI・LED照明・業務用デジタルカメラの活用による収録システムの進化」
作品発表
水由章「CROSSING IMAGE―クロスプロセス~ハンドプロセス」
笠間悠貴「metaphors―写真の気象表現」

15:30-16:00
研究発表
難波阿丹「初期映画にみる観者の身体の馴致システム―D. W. グリフィス作品を手掛かりとして」
肥後有紀子・荒川美世子「大学における映像制作教育の現状と課題―武庫川女子大学情報メディア学科を事例とした一考察」
須藤健太郎「ジャン・ユスターシュによる映画史―『ナンバー・ゼロ』における形式の発明を中心に」
ニコラス・グアリン「研究文献におけるドキュメンタリーアニメーション―サーベイ論の研究成果」
落合賢一「放送用VTRテープの保存状況―2インチVTRを中心に」
作品発表
井上貢一「Movie Square 2016―Web技術を用いた動画活用システムの構築」
高山隆一「動画映像としての表現メディア「映画」における表現技法の教授法―自作映画『Rouge』における「カットバック」成立の表現技法―」

16:10-16:40
研究発表
山本祐輝「初期アルトマン映画とは何か―音声と物語の観点から」
鈴木清重「映像制作のフィールドワークと連動した映像教育の可能性―映像心理学を応用した映像教育への取り組み」
東志保「クリス・マルケルの映画のなかの「幸福」のイメージ―『サン・ソレイユ』と『アレクサンドルの墓』」
小出正志「アニメーションとメディア芸術/メディアアートの関係について―文化・産業振興あるいは近接領域から考えるアニメーションのもう一つの定義」
百束朋浩「連番ビットマップデータ色情報の質的領域分割特徴量のビッグデータ解析手法における基礎的検討―3DCGアニメーションのケーススタディ」

16:50-17:20
研究発表
吉岡愛子「李香蘭「大東亜共栄圏」の仮装劇―『萬世流芳』と『私の鶯』における仮装と越境のナラティヴ」
馬定延「映像記録の教育的活用に関する実証的研究―坂根厳夫映像コレクションを中心に」
小林和彦「ゲームエンジンを活用した音と映像の表現」

17:30-18:00
研究発表
野村建太「静止画像による映画の考察―『石の詩』にみるアニメーション的表現」
宮田徹也「「いつか、どこかで」―万城目純の芸術」
河合明「世界の電子自己出版―その課題と展望」

10:00-18:00 作品ループ上映
15:30-16:40 アナログメディア研究会

会報第176号第177号より抜粋)