日本映像学会第37回大会
2011年5月28日-29日
主催校:北海道大学
実行委員長:応雄
・開催の経緯と運営体制
今回の大会が北大で開催されたのは、ひとつの「ウソ」からスタートしたとさえいえます。およそ9年か10年前、入会したばかりの私が初めて映像学会の大会に参加したとき、当時の会長であった岩本憲児先生が、北大での開催を検討してはどうか、と尋ねてこられました。まだ日本のことについて右も左もわからない状態にある私には、冗談のように聞こえました。その頃、北海道の会員はまだわずかひとりかふたりだったかと記憶していますが、北大での開催というのはまさにひとつの「ウソ」のような話でした。
その後、大会に参加するたびに、岩本先生や小笠原隆夫先生から、北大開催の可能性について幾度となく聞かれていました。そうした経緯を経て、また近年道内の会員が増えたのと、北大文学研究科内に映像・表現文化論講座が数年前に設立されたのも加わって、やっと第37回大会の北海道での開催が実現されました(いまから思えば、会長や総務の方々が毎年開催校を探すのに、ずいぶん苦労されているのだなあ、ということになります)。
今回の大会のテーマは、概ね以下のふたつの観点から「イメージの虚実」にしました。ひとつは、動くものにしろ、静止するものにしろ、真と偽、現実と虚構という二項対立は、近代的技術が生み出したイメージの文化がたどってきた歴史と、それが直面している今日的な状況とに共通する永遠なる課題である、ということにあります。いくらイメージの技術が進歩し、なまの現実をより完全に捉えることができるようになっても、それが虚と実の問題を解決する助けになるとは限りません。むしろ、この課題は、技術が進歩するたびに更新されるだけであるとさえいえます。とりわけ、今日のデジタル・メディアの発達は、「データ」というタームにも見られるように、「イメージの虚実」に纏わる曖昧さあるいはいかがわしさを、これまで以上に増幅させてもいます。そして、いまひとつは、映画制作や映像教育、写真、映画批評、映像表象文化研究、さらにはアニメーション、テレビなど、イメージの文化が多分野、太領域に亘るものであるため、大会のテーマを多分野の仕事に携わる会員の方々に関心をもっていただけるものにすべきである、という観点です。以上の考えに基づき、イメージ文化の全体にかかわり、かつ今日的な意義を有するものとして、「イメージの虚実」を大会のテーマに設定させていただいた次第であります。
テーマにあわせて、大会シンポジウムの基調講演を、『ユリイカ』で第53回カンヌ映画祭国際批評家連盟賞を獲得し、新作の『東京公園』の公開を控えておられた映画監督の青山真治氏と、長年活躍してこられた映画批評家の上野昂志氏にお願いしました。また、基調講演に次ぐパネルでは、基調講演者のお二方に、脚本家の荒井晴彦氏、実験映画作家の太田曜氏、詩人・批評家で写真論の分野でも活躍される倉石信乃氏、映画研究者の藤井仁子氏に加わっていただき、活発な議論が行われました(詳しい内容は会報第156号の報告を参照してください)。
一方、大会開催の運営体制といえば、最初はいずれも北大関係の、たった3‐4人の実行委員という惨憺たる状況でした。後に、北海道教育大の伊藤隆介さんと北海道情報大の大島慶太郎さんが加わり、このことによって、実行委員会メンバーでの分野間のバランスがある程度とれるようになり、大会運営のためのよりよい体制が整いました。研究発表・作品発表などにたいする対応の分担や、大会全体の運営も、大会終了までなんとか持ちこたえることができました。
交通の利便性の面ではよいとはいえない北海道での大会でしたが、参加者の数は、さほど寂しいものにはなりませんでした。二日間の参加者数は、都合168名であり、そのうち、会員125名、学生参加19名、一般参加24名となりました。
・研究発表と作品発表
研究発表では、映画史、映画理論、作家研究、アニメーション、テレビ、映画音楽、映像教育など、幅広い分野に亘る延べ38件の発表が、5つの分会場で行われました。そのうち1つの会場では、機材接続の関係で、発表時間が10分ほど遅れるトラブルも生じてしまい、発表者と聴講者に大変ご迷惑をおかけしました。緊急時を想定した対応をあらかじめ策定してはいましたが、そのことをより徹底すべきであったと反省しております。同時に、とりわけ映像技術が日に日に更新している現状のなか、大会運営側と発表者の事前のやりとりにおいて機材関係について再三確認することの重要性、また、発表者に万が一の事態に備えるための予備データの持参などを、第2または第3通信で強く勧める必要性も感じており、反省点としてこれからの大会の実行委員会に申し送りたく思います。
作品発表は計11件ありました。フィルム上映、iPadからのデータ投影、インタラクティブな設置作品まで、メディアの多様性を示す本学会らしい発表でした。アナログ・デジタル双方に精通した方々に座長を担当いただき、感謝いたします。一方、発表者欠席などでの作品発表の可否について問合せや調整が数件あり、ルール周知が必要と思われました。
・懇親会、その他
懇親会は会期の初日に、北大キャンパス内にある「エンレイソウ」というレストランを会場に実施されました。ゲスト、パネラーを含めた87名の参加があり、午後の基調講演とシンポジウムについて語り合いながら、参加者同士の交流を深める和気藹々たる風景でした。会場では、豊原正智会長により、来年度の第38回大会が九州で開催されることが発表されました。
「流産した」エクスカーションについて一言触れておきます。最初の計画では予定されていなかったエクスカーションは、これじゃ寂しいという複数の会員から寄せられた声に応じて、京王観光に見学ツアーを依頼しました。残念ながら申込人数が6名で最低20名の参加という条件に甚だ遠かったため、エクスカーションはやむを得ず中止となりました。申し込まれた会員の方々にはご容赦を請いたい所存です。
日本映画にとっては、北海道といえばロケ地です。黒澤明の1951年の作品である『白痴』が、初の北海道での大掛かりなロケだったといわれていますが、日本映像学会が北海道で初めて開催され、学会大会の「ロケ地」となるのも、それと同じように遅くなってしまいました。それゆえ、経験の不足などから、種々の不備や、会員の方々に存分にご満足いただけなかった点もあったかと思います。しかしながら、ウソから始まり、真に至るともいえる、発案から終了までの流れを振り返ってみると、今回の大会の開催や運営そのものも、大会テーマを物語った一本の映画のようなものだったのかもしれません。実を信じるように虚を信じなければならない、これが私どものささやかな感想です。それができたのも、暖かく見守ってくださったみなさま、力強く支えてくださった方々のおかげであることは、申し上げるまでもありません。本当にありがとうございました!
日本映像学会第37回大会実行委員会メンバー
委員長=応雄
副委員長=佐藤淳二、伊藤隆介
委員=大島慶太郎、横濱雄二、川崎公平
大会プログラム
5月28日(土) 基調講演・シンポジウム・総会・懇親会
会場:北海道大学学術交流会館
12:00- 大会参加受付
13:15-13:20 開会の辞・挨拶
13:20-16:45 基調講演・シンポジウム
テーマ イメージの虚実―「本当らしさ」と「いかがわしさ」、その現在、その力
13:20-14:05 基調講演1 青山真治氏(映画監督・小説家)
14:05-14:50 基調講演2 上野昂志氏(映画評論家)
15:00-16:45 シンポジウム
パネラー
青山真治氏
上野昂志氏
荒井晴彦氏(脚本家・雑誌『映画芸術』発行人)
太田 曜氏(実験映画作家/東京造形大学)
倉石信乃氏(詩人・批評家/明治大学)
藤井仁子氏(映画研究者/早稲田大学)
司会 伊藤隆介氏(映像作家/北海道教育大学)
17:00-18:00 第38回通常総会
18:30-20:30 懇親会
5月29日(日) 研究発表・作品発表・作品上映展示
会場:北海道大学人文・社会科学総合研究棟
10:00-10:30
研究発表
齋藤理恵「沈静と錯乱―ヴァリー・エクスポートの映像・インスタレーション作品を中心に」
中村滋延「小津映画における音の構造的機能」
柴崎 敦「高等学校で映像を教える意義―埼玉県立芸術総合高等学校の取り組み―」
浅利浩之「製作本数から見る日本映画の傾向と問題―1930年代と50年代を比較して」
中山信子「『十字路』の1929年のパリ公開時における新聞・雑誌の評価」
10:40-11:10
研究発表
キム・ゼジョン「映像における抽象表現―1960‐70年代の「構造映画」を中心に」
石井拓洋「A. コープランドの映画音楽について―E. W. コルンゴルト作品との比較分析を通して」
野村康治・纓坂英子「撮影行為に関する心理学的検討」
山本佐恵「「文化紹介映画」から「啓発宣伝映画」へ―太平洋戦争期における国際文化振興会と国際観光局の映画」
木下千花「革命前夜―溝口健二の『唐人お吉』(1930)」
作品発表
石井陽之『シースルーバーゲン2011―剽窃により出現する新たな風景』
末岡一郎『EXTREME SKIING in 1930―学生・山岳映画の一形態』
11:20-11:50
研究発表
井上裕子「運動のなかの静止―侯孝賢『非情城市』論」
西岡恒男「アラン・レネ後期作品における演劇的空間」
小出正志「学問としてのアニメーション・再考」
鶴田武志「松本清張「天城越え」映画化にかけた男たち―清張作品と松竹映画最後の蜜月」
ヨハン・ノルドストロム「森岩雄と初期サウンド映画」
作品発表
セハンボリガ『ジンバジャムソの文様世界と電子書籍の展開について』
太田 曜『映画作品『FANT?ME』―8mmをブローアップ、16mmフィルムで制作した映画作品』
11:50-13:30 昼休み
13:30-14:00
研究発表
赤井敏夫「インド映画の言語別観客動態―バンガロールの事例を中心に」
竹林紀雄「テレビメディアの映像表現に関する一考察」
森友令子「『白雪姫』の遠近法―虚構空間における「リアルさ」」
渡邉大輔「サイレント期の日本映画における自動=子役の表象―イメージと言説の比較から」
大竹瑞穂「占領期におけるアイヌの表現と植民地主義」
作品発表
井上貢一『Motion Square HTML5―Interactive Visual Toy』
14:10-14:40
研究発表
韓 燕麗「Third Cinemaは可能か―「マラヤ化中国語映画」に関する一考察」
永田あきこ「現代アメリカにおけるコミュニティへの関心―『ザ・シンプソンズ』の分析から」
靳 麗芳「今敏作品における〈夢〉の表現―『パプリカ』を中心に」
上田 学「最初期の旧劇映画と京都の都市空間―興行街の存立を手がかりに」
小倉 史「映画における復員兵イメージ―松竹喜劇映画における復員兵の描き方を中心に」
作品発表
小林和彦『delusional sculpture』
風間 正・大津はつね『La Matiére de Mémoire #3 〈Dé-Sign 22〉』
14:50-15:20
研究発表
劉 洋「「紋切り型的」、「扇情的」―ジャ・ジャンクー映画『世界』に見る「最下層民」表象」
藤田朋史「映像化された舞踏譜に関する一考察」
北市記子「デジタル映像時代のアニメーション表現」
成田雄太「声色弁士の研究―土屋松濤を中心として」
ミツヨ・ワダ・マルシアーノ「日本映画における「アプレ」と「戦後」」
作品発表
黒岩俊哉『resonance #4』
新堀孝明『老いを生きる―「生命・生きる」についての映像メディアにおけるアプローチ』
15:20-15:50 休憩
15:50-16:20
研究発表
村田光男「PFF(ぴあフィルムフェスティバル)―自主製作映画からの発掘」
伊集院敬行「モンタージュの切れ目に開示される現実―中井正一の映像論の精神分析的解釈」
中垣恒太郎「(プロト)ドキュメンタリーの政治学―アメリカ初期映画における歴史・テクノロジー・ナショナリズム」
紙屋牧子「「明朗」時代劇のポリティックス―『鴛鴦歌合戦』(1939年、マキノ正博)を中心に」
作品発表
芦谷耕平『ユキとカンナの冒険 into the Kingdom of Mousehole』
16:30-17:00
研究発表
畑中朋子「映像メディア系フェスティバルと実践コミュニティの形成」
鈴木啓文「任意空間と触覚性―ジル・ドゥルーズ『シネマ1』における感情イメージを巡って」
長谷川功一「ドキュメンタリー批評としての『激怒』―フリッツ・ラングと30年代アメリカ」
河野真理江「上原謙と“女性的男性”―1930年代日本における女性映画とメロドラマ」
作品発表
河原 大『Making of テイルエンダーズ―個人・少人数によるアニメーション制作』
以上
(会報第156号より抜粋)